激務で鬱になった40代メーカー営業が脱サラして人生変わった話【実体験記録】
「まさか自分が鬱病になるとは思わなかった」
周囲から明るい性格だと言われ続けてきたぼくが、40代でメーカー営業17年目に鬱病を発症しました。この記事は、当時書いたリアルな記録をもとに、脱サラ・愛媛移住・半自給自足FIREを実現した今だからこそ書ける、本音の話です。
コロナ禍でも業績好調な会社で起きたこと
勤めていた東証一部上場のメーカーは、コロナ禍でも業績がほとんど落ち込みませんでした。むしろ前期比1.5〜2倍の仕事量になった。会社にとっては喜ばしいことかもしれません。でも現場で働く営業職のぼくにとっては、地獄の始まりでした。
昨年4月から仕事量が急増。営業職なのに外回りどころか、ほぼ内勤状態で書類処理と対応に追われる毎日。キャパオーバーという言葉では足りないくらい、毎日が限界でした。
12月、情緒不安定になり始めた
最初の異変は12月頃。なんとなく情緒が不安定になってきました。些細なことでイライラして、家族に強く当たってしまう。仕事のパフォーマンスも明らかに落ちていました。
そして今月、ついに精神科を受診しました。
診断結果は「鬱病」でした。
鬱病は明るい人でもなる
ぼくは周囲から「明るい性格」と言われてきた人間です。自分自身も、まさか鬱病になるとは思っていませんでした。会社も驚いていました。
でも医師から言われた言葉が印象に残っています。
「鬱病は性格が明るいか暗いかは関係ない。誰にでも発症する可能性がある」
これは本当のことだと思います。真面目で責任感が強い人ほど、限界まで我慢して最悪の事態になるケースが多いそうです。
ぼくが経験した鬱病の症状
自分が鬱かもしれないと気づいたのは、以下の症状が重なったときです。同じ症状がある方は、早めに受診することを強くおすすめします。
- 😴 不眠:夜中に何度も目が覚める
- 😤 情緒不安定・イライラ:些細なことで家族に強く当たってしまう
- 📉 仕事のパフォーマンス低下:集中できず、ミスが増える
- 😢 悲しい気持ちが続く:理由もなく落ち込む時間が長くなる
- 🤕 夕方になると頭痛:最終的には終日頭痛になった
退職を決めた理由
鬱病の診断を受け、このまま会社にいると体調がさらに悪化するリスクが高いと判断しました。会社には4月いっぱいでの退職を希望する旨を伝え、現在は有給を使って自宅療養中です。
ぼくは鬱になる前から、ひとつの信念を持っていました。
「仕事は生きるための収入源。体を害することがあれば本末転倒。体を壊したら迷わず辞める」
この考えがあったからこそ、早めに療養に専念することができました。
退職後の計画と現在の資産状況
当時の資産は米国株式で増えた約4,000万円。FIREには金額が足りないので、何かしら収入を得る必要がありました。
大阪府在住でしたが、本籍のある愛媛県への移住を検討していました。理由はシンプルで、先祖代々の土地に母屋と離れがあり、離れには誰も住んでいないため家賃がかからないからです。
当時はまだ方向性が定まっていませんでした。農地はあるから農業もできる。でも農業だけで食べていけるかも不明。とりあえず釣りでもしながら自給自足的な暮らしをするか、と考えていました。
あれから数年。今のぼくの生活
あの頃悩んでいたことが、今では全部解決しています。
- ✅ 愛媛県西条市の古民家に移住完了
- ✅ 菌ちゃん農法のレイズドベッドで無農薬・無肥料の家庭菜園を実現
- ✅ 太陽光発電の売電収入が安定稼働中
- ✅ Amazon OEMで自社ブランド商品を販売中
- ✅ 頭痛はゼロ。穏やかな毎日
脱サラして後悔したことは一度もありません。
もし今、追い詰められているあなたへ
日本人はまじめで我慢強い。だからこそ限界を超えても働き続けて、最悪の事態になるケースが後を絶ちません。
自分の様子がおかしいと感じたら、早めに精神科・心療内科を受診してください。早期発見が回復への一番の近道です。
体が一番大事。仕事は後からどうにでもなります。
脱サラ・メンタルケアに役立つ本(実際に読んだもの)
※下記リンクは楽天市場への商品リンクです。購入された場合、ぼくに少額の報酬が入ります。
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まとめ
激務・鬱病発症・退職・愛媛移住・半自給自足FIRE。全部つながっています。あのとき体のSOSに気づいて退職を決めたことが、今の穏やかな生活につながっています。
人生、なんとかなります。まず体を守ることが最優先です。